8つの「本当にやめてほしいこと」

The Eight "I'd Really Rather You Didn'ts"

聖なる教えの起源

海賊モージがサルサ山に登った際、空飛ぶスパゲッティモンスターは彼に10個の石板を授けました。 しかし、山から下りる途中、モージはうっかり2つの石板を落としてしまいます。 こうして、我々パスタファリアンには、10の「戒め」ではなく、8つの「本当にやめてほしいこと」が伝えられているのです。 これらは、我々の信仰と生活における、極めて重要な指針となります。

第1条:独善的な振る舞いについて

私のヌードル的な善性について説明するとき、独善的で、自分だけが神聖であるかのようなクソ野郎みたいに振る舞わないでくれたまえ。もし私を信じない人がいても、それでいい。本当に、私はそんなにうぬぼれてないから。それに、これは彼らの問題じゃないんだから、話をすり替えないでほしい。

解説:宗教的な独善性への批判。「自分だけが正しい」という態度を戒めています。

第2条:宗教の不正利用について

私の存在を、他人を抑圧し、服従させ、罰し、内臓をえぐり出し、そして/あるいは、まあ、意地悪をするための手段として使わないでくれたまえ。私は生贄を要求しないし、純粋さ(Purity)というのは人々のためではなく、飲み水のためのものだ。

解説:宗教を権力や抑圧の道具として使うことの否定。生贄や「純潔」の強要といった、歴史的に宗教の名の下に行われてきた暴力や支配を明確に拒否しています。

第3条:差別と不平等について

人々を、その見た目や、服装や、話し方で判断しないでくれたまえ。まあ、とにかく、仲良くやってくれないかな?ああ、それから、その石頭に叩き込んでおけ:女=人。男=人。同じ。ファッションの話でない限り、一方が他方より優れているなんてことはない。で、ごめんけど、ファッションの才能は女性と、ティール(青緑)とフクシア(赤紫)の違いがわかる一部の男性に与えておいたから。

解説:差別への反対と平等の推進。「見た目や話し方で人を判断するな」というメッセージに加え、「女=人、男=人」という極めてシンプルな言葉でジェンダー平等を訴えています。ファッションの才能のくだりは、性別によるステレオタイプをからかうジョークです。

第4条:個人の自由と性的同意について

君自身、あるいは法的年齢かつ精神的成熟に達した、意欲的で同意しているパートナーを不快にさせるような行為にふけるのはやめてくれたまえ。それに反対するかもしれない誰かについては、「クソくらえ(Go F*** Yourself)」という表現がいいと思う。ただし、もしその表現自体が不快だというなら、その場合は一度テレビを消して、気分転換に散歩にでも行けばいい。

解説:個人の自由と性的同意の尊重。合意の上であれば個人の行動は自由であり、他人が口出しすべきではないというリバタリアン的な思想が表れています。他人の私生活に干渉する人々への痛烈な皮肉が込められています。

第5条:空腹と議論について

偏屈で、女性を蔑視し、憎しみに満ちた他人の考えに、空腹のまま挑むのはやめてくれたまえ。まず食べて、それからそのクソ野郎ども(The B******)をやっつけろ。

解説:実用的な知恵。空腹では冷静な判断ができないという、非常に人間的で現実的なアドバイス。「まず食べてから、偏見と戦え」というのは、ユーモラスでありながら本質的な真理を突いています。

第6条:富の有効活用について

私のヌードル的な善性のために、何百万ドルもする教会や寺院やモスクや神社を建てないでくれたまえ。その金はもっと有効に使えるはずだから(好きなのを選べ):A. 貧困をなくす B. 病気を治す C. 平和に暮らし、情熱をもって愛し、ネット通信の料金を下げる。私は複雑炭水化物にして全知全能の存在かもしれないが、人生のシンプルなことを楽しむんだ。私が知るべきことだ。私は創造主なのだから。

解説:宗教施設の豪華さへの批判。多くの宗教批判で指摘される「豪華な教会を建てる金があるなら、貧しい人々を助けろ」という主張を、貧困、病気、そして「ネット通信の料金を下げる」という現代的な願望を並べることでユーモラスに表現しています。

第7条:預言者気取りについて

私が君に話しかけるなんて触れ回るのはやめてくれたまえ。君はそんなに面白い人間じゃない。いい加減にしろ。それに、私は汝の隣人を愛せと言ったはずだ。ヒントに気づかないのか?

解説:預言者気取りへの戒め。「神から特別な啓示を受けた」と主張する人々への辛辣な批判です。「隣人を愛せ」というシンプルな教えで十分だ、と諭しています。

第8条:現代的な性の倫理について

もし君が、えーと、大量の革製品や潤滑剤、あるいはラスベガスを必要とするようなことを好むのであれば、己がして欲しいからといって、それを他人にしてはならない。ただし、(#4に従い)相手もそれに乗り気なら、存分にやればいい。写真も撮りたまえ。そして頼むから、コンドームをつけろ!正直なところ、ただのゴムじゃないか。もし私が君たちの「ソレ」を気持ちよく感じてほしくなかったなら、トゲか何かを付けておいただろう。

解説:現代的な性の倫理。「己の欲するところを人に施せ」という有名な黄金律も、盲目的に適用してはならない、という警告です。 聖書の「黄金律」をひねり、性的同意の重要性を強調しています。 さらに、宗教がしばしばタブー視する性行為について、快楽を肯定し、コンドームの使用を現実的な観点から強く推奨しています。

結論:不遜さと寛容の精神

この「8つの『本当にやめてほしいこと』」は、スパモン教が単なるふざけた宗教ではなく、組織宗教が抱える問題点(独善、権威主義、差別、性の抑圧など)に対する明確な批評精神を持っていることを示しています。その表現はユーモラスで不遜ですが、その根底には寛容、平等、個人の自由、そして常識を重んじるという、非常に真摯なメッセージが流れています。

RAmen.